モビリティ・インフラとビッグスリーの再生
2008年 11 月 24日
米国の再生は製造業=自動車から始まる
中国などを除き、世界経済はマイナス成長に入った。その幅がわずか1%であっても、企業経営に大きなダメージを与える。11月17日、ベリングポイント(旧KPMG)の株価は6セントをつけて取引停止に追い込まれ、その2日前にはサンホセの半導体系スタートアップ企業SiPortで、解雇に怒った技術者が、なんとCEO、副社長、人事部長の3名を射殺して逮捕された 。仔細は不明だが、これも経済と関連づけられている 。目下の焦点は、しかしITなどよりは自動車(とくに米国ビッグスリー)である。直接間接に300万人以上の雇用に関係する一大産業の命運は、彼らの生活にも、世界経済にも大きな影響を与える。もちろんITも例外ではない。
「わずかな」傾きが大きな影響をもたらすのは、経営というものが一定の成長を前提に組織や運営を最適化しているためである。それが精密であればある程、想定が外れた時の損失は大きくなる。最近のトヨタの業績が、それを物語っている。もともと慎重の上にも慎重な会社であったはずだが、成功と賞賛を経験し続けると安全度の見積もりが甘くなるのは、神ならぬ身の必然か。皮肉にも、世界一の座を得た途端に、環境が激変してしまった。しかも国内市場は衰退の一途をたどっている。目下の事態は周期的な景気変動ではなく、構造変動の結果であり、冬支度などではなく、次世代の技術への転換を急ぐべきである。
縮小する経済において、中心的企業の損失は、連鎖し、拡大し、循環する。市場が正常に機能しないのだから、市場の機能による自律回復を期待するにはあまりにリスクが大きい。市場が雇用を(したがって市場を)保証してくれない時こそ、政府が役割を果たすべきことは明白である。オバマ次期政権が、自動車を最大の政策課題として取り上げたのは正しい。ビッグスリーの経営が優秀でなかったことは事実だろうが、企業を潰していいことにはならない。放置すれば、アラブ産油国、中国、インド(あるいはブラジル、ロシア)のファンドとメーカーが買収して空白を埋め、この巨大市場を制することになる。
現実的に考えて、ウォール街の錬金術が失敗し、向こう10年分くらいの負債を背負うはめになった米国経済を立ち直らせるのは、ドル安と製造業しかない。保護主義を避けるのはドル安しかないと思われる。CDSと農産物とIT、それに戦争を輸出し、ツケで買い物をし放題という「自由貿易」システムは終わったのだ。
ITが実現する自動車産業再生のシナリオ:モビリティ・インフラの構築
ビッグスリーの再起の芽はある。何よりも自動車産業が大きな転機にあるこの時に、「再建か死か」という徹底的な革新を実行できる機会を得ていることである。3社が同じレベルで危機にあるというのも、むしろ都合がいい。設計・製造技術、部品供給、標準化、情報サービスなどで共有・相互運用の可能性が広がるからだ。日本の戦後の経済成長も、敗戦によるリセットによって可能となった。ビッグスリーに人材や技術がないわけではない。怠惰でも無責任でもないだろう。革新的なアイディアを実現しようとしても、組織の壁やリーダーシップの問題から果たせなかったと考えるべきだろう。破壊的(disruptive)イノベーションという言葉があるが、イノベーションとは本来、過去とdisrupt(断絶)したものであり、巨大組織では平時には不可能に近い(残念ながら、日本でも同じことだ)。いま、米国自動車産業にイノベーションへの初めての機会が訪れている。
米国自動車産業の再生は、例えば次のようなものとして考えられるだろう。
- 次世代自動車技術体系(設計・製造技術、エンジンの転換、電子制御の高度化など)の明確化と移行戦略(ロードマップ)
- 生産管理、製品ライフサイクル管理(PLM)、産業組織(サプライチェーン)、エコシステム(金融・保険・整備)の再編・最適化。
- 道路・交通・通信システムと自動車の最適化。つまり、ITSを中心とし、自動車をサポートする総合的なモビリティ・インフラの再構築。
- 上述したインフラの上での情報サービス産業の育成。
- 地域雇用創出、資源効率化、環境負荷低減などの公共政策課題との最適化。
いずれも、ITを高度利用することにより、企業レベルの効率化だけではなく、産業システム、交通システム、社会システムといった外部システムと連携した最適化を図る中で、自動車産業をリーディング産業として位置づけ直すということだ。いずれも、個々には検討されており、実験されており、実用に近い技術もある。しかし、これまでは国家的なイニシアティブが欠けていた。ITSにしても、自治体レベルでの取り組みで、普及は遅々としている。ナチスドイツのアウトバーンを模範としたハイウェイシステムがそうであったように、モビリティ・インフラは連邦レベルで推進するのが最も効果的である。世界最大の市場である米国の道路交通システムが、次世代自動車および自動車向け情報サービスの規格をリードすることになるからだ。オバマが演説で「日本製でも韓国製でもない、米国製の自動車を」と言ったことは非現実的ではないと思う。
モビリティ・インフラとITビジネス:ものづくりとサービス
以上の3種類のシステムを再構築するには、サービス指向の(柔軟に構成可能な)組込みシステム、ダイナミックな自律分散ネットワーク、無線通信サービス(たぶんソフトウェア無線)、ライフサイクル管理、そして何よりも複雑系のシステム工学が不可欠であることは言うまでもないが、米国はそのほとんどの最先端技術を自前で持っている。アプリケーションが宇宙・防衛システム産業、航空機産業などに偏っているために、人目に触れることが少なかっただけなのだ。「戦争」を輸出することがなくなれば、大規模な民生移転が起きるのは時間の問題である。政府の役割は、世界的な智恵を集約してモビリティ・インフラのアーキテクチャを策定し、自動車産業の転換を支援し、財政・金融政策と公共インフラへの投資によってシステムのバランスが良くなるように誘導し、世界との関係を調整することだろう。
では、モビリティ・インフラの大部分を支えるITはどうか。最も戦略的に動いているのはIBMであり、組込み・エンジニアリング系に強いツールベンダー、スウェーデンのテレロジック社の買収は、その布石であると見られている。上述した自動車産業の復興は、大規模なソフトウェア開発への需要を生み、モデル駆動工学の大規模な投入を伴うことになるからだ。これは自動車本体はもちろん、生産ラインでのロボットから生産管理などを含んだものとなる。また「グリーン・テクノロジー」は、多種多様な製品や設備に組み込まれるセンサーと制御ソフトウェアの新規需要を生むことになるが、テレロジックはこの分野でも数多くのユーザーを有している。トーマス・ワトソン・シニアは、1930年代の大不況期にも積極的な投資を行い、ルーズヴェルトのニューディールが生みだした計算機ニーズを市場とすることができた(筆者コラム参照)。同じことを今日のIBMも考えているとみるのが自然だろう。
想像をたくましくすれば、オバマの有力な支援者で、CTO候補にも挙げられたGoogleのエリック・シュミットは、新しいモビリティ・インフラのサービス系のデザインを提案するかも知れない。Googleマップやストリートビューは、自動車のためのインフラの一部でもある。Androidは、自動車に搭載されるとサービス系威力を発揮するだろう。日本のカーナビにとっては大きな脅威となる可能性が強い。
米国市場の強みは、その地理的分散性と移動性(モビリティ)であり、歴史的に分散が大きな市場を生み出し、支えてきた(逆に日本は、東京集中によって人口と国内市場、成長余力を減らしていると思う)。自動車と住宅は、米国人のモビリティの象徴である。この分散モデルはグローバルで、輸出できる。米国が再び世界をリードするには、高速道路網に代る新しいモビリティのインフラが必要だが、それは新政権のスタッフに理解されていると思う。サブプライムで住宅は大きく傷つき、金融危機で自動車は瀕死の状態だが、「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」で、再生は動き出している。(11/24/2008)
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